戦後、四日市港まつり(現 大四日市祭り)を活気付かせる為、昭和35年に初代会長 保位保氏、初代四日市諏訪太鼓振興会会長 後藤藤太郎氏が長野県岡谷市の御諏訪太鼓宗家小口大八氏と小口栄一郎氏より指導を受け、諏訪神社の奉納太鼓の復興のため四日市諏訪太鼓保存会が結成されました。
現在は夏の大四日市祭り・秋の四日市祭り・さくらまつり(エキサイトバザール)を中心に、各種イベントで演奏しています。
四日市諏訪太鼓保存会では小口喜代人氏の覚書を太鼓打つ時の心構えとして教えて頂き、それを現在も定めています。
雷神に雨を降らせて欲しいと祈る雨乞いの太鼓であったものを、宮太鼓の皮をピンとしめて近雷を、ゆるくして遠雷を表現しています。法螺貝が鳴り響き、全ての打楽器を総動員して鈴鹿山脈に轟く雷鳴を表現した四日市諏訪太鼓の代表曲です。
諏訪太鼓で打つ曲の中ではもっとも古く、神楽太鼓として奉納されており、素朴な進行の対象として神につかえる唯一の鼓舞楽として生まれたものといえます。笛と桶胴太鼓でゆっくりとはじまり、桶胴太鼓が限界になるまで「乱れ打ち」を行う前奏が特徴です。この曲は、読んで字のごとく神が楽しむ太鼓として、演奏の中どころでは「瓢箪おどり」を演じるなど、諏訪太鼓の中でも、もっとも楽しさを表現している曲です。
天より降り、また天に還る時に、神を呼ぶ「砂(しょっきり)」に使われるもので、砂切太鼓ともいわれています。笛と太鼓の掛け合いによって静かに演奏が始まり、途中急テンポで三段に返され、さながら竜神が天を飛び翔けるおもむきで合奏され、見事ハーモニーになって生かされている名曲です。
諏訪神社へ山車が練りこむ際に曳子の音頭をとり、祭り気分を沸き立たせる囃子です。また、伊勢湾での漁にて大漁を祈願して打ち鳴らした曲でもあります。
その昔、伊勢湾に竜宮城があり、その守護神である竜神に祈って雨乞いをしたと伝えられています。竜が天に昇って雲を呼び、くだり竜となって雨を降らす様子を表現した太鼓です。
軽快なリズムで、諏訪神社への道すがら打ち鳴らす曲です。鉦と相撲太鼓のリードで大小2個の宮太鼓と長胴のかけあいを聞かせます。四日市に諏訪太鼓が伝承された際に練習曲として使用された曲で、そのリズムは小倉祇園太鼓にも見られます。
鈴鹿山脈より吹き降ろす冬の厳しい北風(鈴鹿おろし)を表現した曲です。強弱を織り交ぜながら徐々に速度を増していき、勢いよく伊勢平野を吹き抜けていく様を感じられる曲となっています。
牧童達が手塩にかけて育ててきた軍馬を京へ送り出すその惜別の情と、京に上って十分の働きが出来るよう励ましの祈りを込めて、太鼓と法螺貝と鉦を鳴らし、軍馬を力づけたと言われています。勇駒はこの勇壮な門出をテーマとして作曲してあり、牧童達とその地方の人々の哀歓がひしひしと感じられる曲です。